肩書なしの武者修行

ふと考えることがあります。

 


今持っている肩書き、例えば○○大学や高校の教員、○○会社の社員、○○団体の会員などを失ったらどうなるんだろうと。

 


上で示した例に共通しているのは、「組織」の一員であるという肩書です。

 

 


組織というのはこのブログでも述べているように所詮は他人の庭。

 

その庭の所有者(校長や学長、経営者、団体理事)から三行半を下されたらすべてを失います。

 


これは、当の本人の力では最後はどうにもならないでしょう。


なぜなら、「組織」に「雇ってもらっている」以上雇用されるかどうかの決定権は「組織上層部」が持っているからです。

 

 

つまり、雇われている側は「解雇」のリスクをしょわされているわけですよね。


いつ首になるかわからん、という。


仮にそれが本人に覚えのないことや、非が無いことが原因であっても。

 

 


もし、解雇されてしまったら何が必要か。

 

 

 


当然、個人の肩書ですよね。

 

 

 

 

自分で創る肩書です。

 

 

 

これは、むき出しの自分を示す「名札」のようなものです。

 

 

 


その名札がどのような効果を表すのか、それは完全にその個人の成果と人柄によるでしょう。

 

 


その名札は「個人」で創ったもので、「組織」のものでないので。

 

 


個人の肩書は、その名乗った個人が磨き上げなくてはいけません。

 

 

 

そして、個人の肩書を磨き上げるにはその肩書きを引き下げて、

色々なところに武者修行へ出るしかありません。

 

 

「何それ?」

「ふぅーん。」

「だから?」

「よくやるねぇ。」

「面白そうだね。」

「いいじゃない!」

 


プラスのものからマイナスのものまで、ありとあらゆる評価が言葉と数字でフィルターなしに個人に返ってきます。


温かい言葉から、突き刺さるような凍りつく言葉まで。

 


この返ってきたものを良く考え、自分の強みをさらに強めて肩書を輝かせるにはどうしたらいいか?

 

そんなことに自問自答することになるのです。

 

 

 

これ、実際やってみるととても大変です。

 

ストレスも溜まります。


楽しいときもあります。


突然数字が上向いたと思ったら急降下することもあります。


想定外のところから出会いがあることもあります。


小銭の価値の重さを痛感して、お金を出すのが怖くなることもあります。


組織で過ごす時間以外も常に全速力なので、余裕もなくなり自暴自棄になったり家族に八つ当たりしてしまうこともあります。
そんな自分に強い嫌悪感を抱くことも多々あります。

 

 


それでも、上で述べた武者修行を「やらないこと」のほうがずっと不安なのです。

 

 

 

まだ武者修行の最中ですが、最近大きなことに気が付きました。

 

 

 

 

この様なむき出しで組織外で武者修行していると、

その人が属する「組織の中」にいる人にとても新鮮な空気を送り込むことができるんだと。

 

 

組織に居る人の大半は、組織のルールに則ることで精一杯です。

守られている一方で、閉塞感もあります。

 

 

 

そんな時、外で戦う仲間がいると、その言動は組織内にプラスの空気を送り込み全体のモチベーションを上げることにつながります。

 

 

「自分ももっとスキル上げなくては!」

 

 

そういう雰囲気が出てくるのです。

 


その時に出てくるベクトルの方向は社外とは限りません。

より、社内に貢献しようという空気も生まれるのです。

 


組織にとってもモチベーションが上がることは大切なのではないでしょうか。

 

 

 

私もこのようなプラスの空気を、自分の属する組織に還元できたら、

組織にとっても私にとっても最高ですね。

 

 

 


そんな Win - Win の関係を構築するのが私の目標です。