立志尚特異を感じる日々

何か志を立てるには、人と異なることになるのだ、と痛感する日々です。



最近、立て続けに親戚に病気が発覚し、亡くなることに直面しています。



20年ほど前に祖父母が立て続けに亡くなった時と似ています。



今度は本ブログの管理人の親の代がそのタイミングなのかもしれません。



少し哲学的なのかもしれませんが、管理人は毎日死を意識しています。



決して他人ごとではなく、いつかは我が身に降りかかる「死」というものに対して、恐怖する日々です。



この恐怖を和らげるために毎日意識していること。


1.家族との時間を大切にする。


2.日々無事に生きられたことに感謝する。


3.日々の仕事を精一杯頑張り、自分の限界に挑戦し続ける。


4.自分の生きた証を世の中に残すためにできることをする。



ありきたりかもしれませんね。



1.家族との時間を大切にする。


やはり、家族はとても大切です。

子供と奥様。管理人にとっての最強の味方です。

何より、子供たちには未来があります。

この未来ある子供たちを社会に送り出すまで、親としてできることを精一杯やりたいと思います。そうすれば、子供たちも家族を大切にする親になると思えるからです。



2.日々無事に生きられたことに感謝する。

当たり前の日々が当たり前に過ごせることがいかにすばらしいことか、本当に日々感じます。身内の入院や死を経験し、人の一生ははかないといつも感じます。


東日本大震災でも一瞬で1万人以上の方が命を落としました。


その全員が「まさか自分が死ぬとは」と思っていたに違いありません。


普通の日々に感謝です。


身体が健康であることも感謝ですね。



3.日々の仕事を精一杯頑張り、自分の限界に挑戦し続ける。

管理人は人生を充実させるためには仕事も大切と思っています。


仕事だけの人生は無機質になってしまいますが、家庭や自分の時間とのバランスを取りながら、仕事を通して自己実現し、社会に貢献するということも重要だと考えます。


結果として相応の報酬をもらい、家族を養うことこそ親の使命ですね。



4.自分の生きた証を世の中に残すためにできることをする。

「○○社のAさん」

という風に、自分の名前より前に組織の名前が前に来ることを、管理人はいつも不思議に思います。結果として組織に属しているのであって、一人ひとりの名前が重要視されるべきだと考えるからです。


ところが、サラリーマンとして働くことが現代では標準となっているため、どうしても個人は組織の一部という扱いになり、個人の力というものが発揮されにくい場面が多いような気がします。


もちろん、時代によっては全員が自営業のような時代もありましたので、いつの時代にも適した雇用形態があったとは思うのですが、個人的には個人名が


「生きた証として残る」


ことにこだわりたいと思います。


組織を引退したら組織名は無関係ですからね.....。





上記の考えを実践しようとすればするほど、


「死と距離を持つ」


という一般的な考えと温度差を感じることが多いです。



理解者がいないから、と嘆くのではなく、立志尚特異という吉田松陰の考えを自分に言い聞かせ前を向きたいと思います。



最後までお読みいただきありがとうございました。